※この記事にはプロモーションが含まれています。

エヴァ旧劇と新劇の違いを考察|カヲル君のループ説から読み解く物語の終着点

エヴァンゲリオン

こんにちは!モーセです。
エヴァのリバイバル上映、見に行きましたか?モーセはしっかり堪能してきました!

改めて観ると気づくのが、

「旧劇場版と新劇場版、まったく別の物語じゃない?」

という違和感。

同じエヴァなのに、
結末も、使徒も、登場人物まで違う。

『新世紀エヴァンゲリオン』旧劇場版と新劇場版の違いはなぜ生まれたのか。
これは単なるリメイクなのでしょうか。
もしかすると、新劇場版は“やり直された世界”なのかもしれません。

旧劇は始まり。
新劇は終わり。

そしてその裏には、ループを認識しているかのようなカヲル君の存在が深く関わっている可能性があります。

エヴァを一度でも最後まで見たことがあるあなたへ。
今回は、旧劇と新劇を一本の流れとして見ていきながら、
その違いが生まれた理由を一緒に整理していきましょう。

モーセ
モーセ

今回はガッツリモーセ流考察!公式情報ではないとこもあるから注意してね!

この記事でわかること

・エヴァ旧劇と新劇の違い
・カヲル君のループ説
・アダムスが増えた理由
・シンジ君が選んだ「エヴァのない世界」の意味

結論|エヴァ旧劇と新劇の違いは“ループ”にある

結論から言うと、

新劇場版はやり直された世界である可能性が高い。

その鍵を握るのが、渚カヲルという存在です。

彼の言動は、明らかに“繰り返し”を示唆しています。

もちろん公式に明言されているわけではありません。
しかし、根拠になり得る描写があります。

モーセ
モーセ

みんな大好きカヲル君!実は作中一の苦労人?

カヲル君がループしている根拠は?

繰り返しになりますが、公式がループしていると明言はしていません。

ですが新劇場版でのカヲル君の行動、言動には、ループしているように見える描写が多々ありますので一部紹介します。

「また3番目とはね。変わらないな、君は」

こちらは新劇『序』でのセリフです。
まだシンジ君との面識はないはずですが、「また」と言う。
これは、すでに一度経験していることを示唆しているようにも聞こえます。

「さあ約束の時だ、碇シンジ君 今度こそ君だけは 幸せにしてみせるよ」

こちらは『破』でのセリフです。
槍を頭に突き刺した後とは思えないセリフですが、旧劇場版の内容を知っていれば納得もいくセリフですよね。
「今度こそ」という言葉は、過去の失敗を前提にしているように受け取れます。

棺の描写

シン・エヴァンゲリオンに登場する円状に並べられた棺の描写。
カヲル君から見て左側は中身がない状態でふたが開いており、右側はふたが閉じた状態でした。
開いている棺と閉じた棺。
繰り返されてきた世界の数を示しているようにも見えますよね。

カヲル君がシンジ君に、最初から好意を持っているように見える。

この描写が個人的には一番ループ説を推している理由になります。
旧劇(アニメ版)でもカヲル君はシンジ君に最初から好意的に接しています

ですが、旧劇では“惹かれた”印象。
新劇では“知っている”印象。

個人的に旧劇のカヲル君は最初、手探りで仲良くなろうとしている、どこか社交辞令感を感じました。すごく個性的ですが(笑)

ほかにも様々な場面でループを示唆しているような描写がありますが、代表的なものはこれらになります。

では次に、カヲル君がループしただけで本当にそこまでの変化が起こり得るのでしょうか。
まずは、旧劇と新劇で実際に何が変わったのかを整理してみましょう。

エヴァ旧劇と新劇で変わった大きな違い

主な変化は以下です。

  • アダム → アダムス
  • 使徒の数や種類
  • アスカの名字、退場、そしてクローン化
  • マリの存在

では次に、これらの変化がループ説とどう繋がるのかを見ていきましょう。

モーセ
モーセ

こう見たら直接カヲル君とは関係なさそうなのもちらほら…?

変化の理由と結果

個人的に、先に挙げた変化はすべて
「カヲル君がシンジ君の生存のために行ったトライ&エラーの結果」だと考えます。

カヲル君はシンジ君の幸せを願っていますが、シンジ君の幸せの正体を知りません。
ですのでカヲル君は何度も世界をやり直しながら少しずつ環境を変え、シンジ君が生存しやすい世界を模索したのではないでしょうか。

カヲル君目線で順に見ていきましょう。

アダム → アダムス

地味かもしれませんが、作中一番の変化はここだと思います。

カヲル君はゼーレによって、アダムの精神をクローンに閉じ込めた存在。
つまりアダム≒カヲル君です。

でもだからといって、なぜ4体に増える必要があったのか?
そこが疑問ですよね。

モーセの答えはこうです。

① カヲル君はループしている
↓
② しかし同じ世界構造ではシンジ君は救えなかった(旧劇の結末)
↓
③ だから“世界の初期設定”を変えた
↓
④ その結果がアダムスの複数化

重要なのは――

槍が増えたこと。

新劇ではアダムと同時に槍も複数になっています。

旧劇ではロンギヌスの槍一本が運命を決定づけました。

槍=世界を書き換える装置だとすれば、
選択肢が増えたことになります。

これは

「シンジ君が望む未来に辿り着く確率を上げる」

ための布石だったのではないでしょうか。

モーセ
モーセ

槍使う→インパクト起こす→世界改編!みたいなイメージ!

使徒の数、種類の変化

使徒もアダム由来の存在です。

シンジ君に好意を持っている状態と、そうでない状態で差が生まれても不思議ではありません。
ですのでこちらも変化した理由として「シンジ君の生存率を上げる」があってもおかしくはないのではないでしょうか。

そしてもう一つ挙げるとすれば、

「マリをうまく合流させるため」

ではないかと考えます。

旧劇の使徒はほとんどが一直線にネルフ本部へ向かってきたため、ほぼシンジ君が撃破します。

ですが新劇では第3使徒が海外にて復活。それをマリが単独撃破しています。

ネルフに合流する際、「勝手に2号機に乗って負けた人」よりも、「第三使徒を倒した人」という実績があったほうが、ギリギリですが合流しやすかったのではないかと思います。

モーセ
モーセ

破では完全におもしれぇ女状態だったよね

アスカの名字、退場、そしてクローン化

アスカの名字も変更になっています。「惣流→式波」です。

この変化の理由について公式情報はありません。
ただ、おそらくアスカがクローン化していることが関係しているのではないかと思います。

そして退場について。

こちらはシンジ君の友人「鈴原トウジ」を生存させるための変更だと考えます。

シンジ君が救われる未来を作るなら、まず友人を死なせないこと。

三号機に乗るのはトウジ以外だとレイかアスカです。
最悪どちらになったとしても二人ともクローンであり、復活は可能。

カヲル君なら、そう計算した可能性もあるのではないでしょうか。

クローン技術に関しては次でもう少しお話しします。

モーセ
モーセ

Qでアスカが再登場した時の安堵感は異常だったね

マリの存在

新劇場版になって新登場したヒロイン
「真希波・マリ・イラストリアス」

彼女もカヲル君が加えた変化なのではないかと考えています。

マリの初出は漫画版最終話で、シンジ君の母・ユイの大学の後輩(飛び級して16歳)として登場します。
つまり冬月先生の教え子です。

彼女は新劇場版でも冬月先生の教え子であることを匂わせる言動をしています。

つまり彼女だけ、パイロットの中ではかなり年上。
ですが見た目は若い。

おそらく彼女もクローンなのではないかと考えています。

新劇ではアスカもクローンになっていることから、クローン技術は格段に向上しています。

これはアダムが増えたことが原因ではないかと推測します。

アダムが増えた=実験材料が増えた。
それにより旧劇よりも人類の技術が進歩したのではないか。

ただしここは証拠がなく、あくまで推測の域を出ません。

そしてカヲル君がマリを加えたと考える理由。

それが加持さんとの関係です。

マリを連れてきた人物といえば加持さん。
そして加持さんとカヲル君は互いを「渚司令」「リョウちゃん」と呼び合う仲でした。

時系列は不明ですが、
カヲル君が加持さんに依頼し、マリをネルフへ引き入れた可能性は十分に考えられます。

そしてそのマリが、最終的にループを壊す存在になった。

もちろんこれらは考察にすぎません。
ですがカヲル君がループしていると仮定すれば、十分にあり得る変化ではないでしょうか。

モーセ
モーセ

これら全部、カヲル君が計算して改編したのではなく、あくまで手探り状態で改変を重ねた結果、たまたまシン・エヴァンゲリオンの結末にたどり着いたと、モーセは考えてるよ!

渚カヲルは神ではない

棺のシーンから察するに、カヲル君はかなりの数をループしています。

先に述べた変化は、
「カヲル君が地道に試した改編の積み重ね」なのかもしれません。

カヲル君は全能の神ではない。
どうすれば正解に辿り着くかまでは分からない。

でもアダムの精神を持つ存在だから、
正解に辿り着くまで何度でもやり直せる。

こう考えると、それは祝福ではなく――

呪いです。

実際、シンジ君がカヲル君を助けた際、
カヲル君は涙を流して喜びました。

あれは想定外の救済だったのではないでしょうか。

モーセがこのループ説を推す最大の理由は、

カヲル君が報われた物語として、最も腑に落ちるから。

そこに尽きます。

モーセ
モーセ

はじめてシンエヴァを見た時は、訳も分からず号泣しちゃった!

とりあえず報われてよかったって

エヴァ旧劇と新劇のラストの違いを比較

旧劇と新劇の最大の違いはラストです。

旧劇
→ 他者を拒絶しない世界を選ぶが、恐怖は消えない。

新劇
→ 自ら犠牲になる覚悟を決め、エヴァのない世界を選ぶ。

まず旧劇。

ゼーレに精神を追い詰められ、補完計画の中心に据えられたシンジ君。

「他者のいない世界」を選べば傷つかない。
そう迫られます。

しかし最終的に、シンジ君は他者のいる世界を望んだ。

それでも復活したアスカを前に恐怖し、首を絞めてしまう。

非常に苦く、現実的な結末です。

一方、新劇。

シンジ君は自ら犠牲になる覚悟でネオンジェネシスを起こしに行きます。

ミサトさんとマリが槍を届け、ゲンドウと和解し、主導権を譲り受けます。
シンジ君が一人で世界の中心にとどまり、エヴァの存在しない世界を書き換える。
その覚悟を決めた直後、母であるユイと父ゲンドウがその役割を肩代わり…

そして最終的にマリが迎えに来る。

アスカには「好きだった」と伝え、
レイとカヲル君には「ありがとう」を言い、
エヴァには「さようなら」を告げた。

これ以上ない終わり方です。

もしこの考察が正しいなら――

それはカヲル君の、長い長い試行錯誤の末の到達点。

まさに「あっぱれルート」です。

モーセ
モーセ

地味にゲンドウの願いが叶った唯一のルートだよね!

碇家オールハッピーエンド!

まとめ

エヴァは難解です。

ですが、

旧劇=始まり
新劇=終わり

と見ると、一つの大きな物語になります。

エヴァ旧劇と新劇の違いは、単なるリメイクではなく“ループ”という構造だった可能性があります。

あなたはどう考えますか?

ぜひコメントで教えてください。

エヴァ好きの皆さんはこちらの記事もぜひ!

それではまた!

タイトルとURLをコピーしました